点検等で停止している変圧器(電力系統から切り離している変圧器)を使用するため、電圧を印加したとき、過渡的に思いもかけぬような大きな電流が流れることがあります。このような電流は、変圧器鉄心を励磁する電流であることから励磁突入電流(インラッシュ電流)と呼ばれています。励磁突入電流の大きさは、場合によっては変圧器定格電流の10倍(ピーク値対応)にも達し、波形も著しく歪んだものとなりますので、諸々のトラブル原因になっています。 それでは、質問項目の順に回答します。
- ① 第1図に、励磁突入電流発生のメカニズムを示す。
- 今、変圧器をt=0の時点で充電(遮断器を閉)したとき、電源電圧(e=EmSinωt)、 鉄心の残留磁束(Φr)、鉄心の飽和特性(ここではわかりやすくするため直線近似)を図に示すように考えた場合、励磁突入電流は半波整流波形(片方向に突出した波形) のようになる。 ここで、磁束(φ)は、Φrからスタートし電源電圧(e)がプラス側の間は上昇し、 電源電圧(e)がマイナス側の間は減少する。 この磁束(φ)が鉄心の飽和ポイントを上まわる間、励磁電流が大きくなる。
- ② 全体としては、次のような流れになる。
- ① 励磁突入電流の大きさ(第1波ピーク値の定格電流に対する倍率)は
- 概ね第2図のようになる。例えば、変圧器容量を10MVAとすると、6〜8倍にも達することになる。また、励磁突入電流の減衰時間は概ね第3図のようになる。
なお、励磁突入電流の大きさ・減衰時間は、変圧器の設計(鉄心の飽和特性)、遮断器 の投入位相、連系する電力系統の状況(短絡容量)等、によって大きく変化する。
② 具体的な影響事例、その対策、実運用上の留意事項等は、以下のとおり。
◎変圧器保護リレー(比率差動リレー)
- 変圧器比率差動リレーは、変圧器への流入電流と流出電流との差分で動作する。励磁突入電流は電圧印加端子から流入するのみで流出が無く、しかも定格電流をはるかに上回る大電流なので、誤動作する場合がある。
- この対策として、励磁突入電流は第2調波含有率が著しく大きいことから「第2調波ロック方式(第2調波含有率が一定以上の場合には励磁突入電流とみなしてロックする方式)」が一般的に採用されている。
◎受電用過電流リレー
- 受電用過電流リレーは、変圧器2次側の短絡事故等で動作するようにしている。一般には大きな電流が一定時間継続する場合に動作する方式(タイマー方式)であるが、励磁突入電流の大きさ、減衰時間によっては誤動作する場合がある。
- 受電用過電流リレーの場合、上記比率差動リレーのような対策が裏目になることがあるので、電流の大きさ整定やタイマーの時限整定等、いわゆる実運用面の対策が主体になっている。
◎高圧限流ヒューズ
- 高圧限流ヒューズで保護する場合、励磁突入電流によるヒューズエレメントの劣化の問題もある。誤動作等の問題に加えて、ヒューズ等の選定には励磁突入電流の「大きさ-減衰時間」との協調・検討が必要となる。
◎進相コンデンサ、各種交流フィルタ設備
- 励磁突入電流は片方向に突出した(半波整流のような)波形なので、第2、4・・・等の高調波が多く含まれている。このため、一時的に高調波電流源になり、これに起因するトラブルも発生している。
- 進相コンデンサ、交流フィルタ等に用いている過電流リレーの誤動作
- その他、交流フィルタの過負荷、並列共振による過電圧、直列リアクトルの飽和等
- 上記については、リレーの整定面、実運用面の対応が必要になることが多い。
- 進相コンデンサや交流フィルタが影響を受ける場合の実運用面の対策としては、「励磁突入電流が減衰してからこれらを投入する方法」も暫定対策として、行われることがある。
- いずれにしても、設備設計段階からこれらの現象をよく理解し、発生の有無とその対策の検討が望ましい。
◎ その他、瞬時電圧低下による影響も発生している。また、励磁突入電流は、直流分を含んだ大きな電流なので、CT(電流変成器)の特性不揃いや飽和特性によ って見かけ上の零相電流が発生し、地絡保護リレーの誤動作も起こっている。
- 励磁突入電流の問題は古くからのものですが、電力系統の拡大、変圧器設計の変遷、影響を受ける機器の増大等により最近でもしばしば話題になっています。
- 励磁突入電流のメカニズムは比較的単純ですが、トラブル発生のメカニズムやその対策(設備面、実運用面、等)を含めるとかなり複雑になります。実務面では、これらに注意して対応することが必要になります。